岩下の太鼓岩
北国街道、大屋の猫石の下流である岩下地区、千曲川の中央に大きな岩があります。太鼓岩と言われ、釣り場の恰好な場所です。解禁と共に太公望が川に入っているのが見えます。
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北国街道、大屋の猫石の下流である岩下地区、千曲川の中央に大きな岩があります。太鼓岩と言われ、釣り場の恰好な場所です。解禁と共に太公望が川に入っているのが見えます。
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大屋神社から大屋駅に出て、少し鉤の手状に入った路地に「大屋仁王尊」があります。傍らの千曲川「戌の洪水」で青仁王は流出してしまい、赤仁王だけが残されています。
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大屋神社の境内に猫岩という民話に関わる大きな石があります。ちょっと気になる岩石ですが・・・。
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大屋駅の近くにある、大屋神社には、珍しい舟が掲げられています。明治時代に東郷など海軍の将軍らが、千曲川で簗(やな)を楽しんだ折りに使われた舟だそうです。
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海野宿の豪族海野氏の菩提寺興善寺境内ではいろいろなものが見られます。供養塔の台座にある三猿はユーモラスです。
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北国街道の海野宿には廃寺になった地蔵寺にあったという媒地蔵尊があり、縁結の地蔵尊として人気があります。
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田中宿から海野宿の辺り、住宅地にポツンと、この地出身の浮世庵柳哉(りゅうさい)の句碑が地元の人々によって建てられています。地方に根ざす文化の香りとも言えましょうか。
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鬱蒼とした社叢の神社がありました。由緒わからないのですが、狛犬さんも堂々たる雄姿です。
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眼鏡橋のすぐ近くに知られざる剣持双体道祖神を見つけながら、さらに進むと滋野郵便局のところに「一里塚跡」という石碑を見ました。江戸から43里の一里塚があったとのことです。
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北国街道旧道の赤岩新田には、眼鏡橋という古い橋があります。明治初期頃に難儀な街道を地元の人々が修復したものだそうで、現代にも通用する眼鏡橋です。
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北国街道旧道は、小諸市芝生田から東御市滋野の赤岩地区へと続きますが、並行して走る18号国道とは違って、長閑な静かな街道筋です。白壁や立派な門の家並みが続きます。
一角に古い多古神社があります。古道の多古駅にちなんで改名した神社だそうです。
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国道18号の旧道、北国街道をしらばく散策することにします。まず今では無住ながらの西光寺観音堂が小諸市西原地区にあります。誰も訪れない静寂なお堂です。
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ときどき行く近くの小諸「あぐりの湯」のロビーでは、この間「押絵」の展示がありました。地元の趣味の会員の作品が額に納まって展示されていますが、その見事な出来映えに感心して見とれてしまいました。
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いつも通っている裏道、大木の根っこに地蔵体が安置されています。地元の人の話に依ると「縁切地蔵」と言われているそうです。知る人ぞ知る、静寂な空間です。
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北御牧の湯の近くの諏訪神社の境内にある黒槐の木は巨木として市の指定を受けている天然記念樹です。樹齢800年と言われます。
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