丸子工業百年記念公園
旧丸子町は製糸工業で栄えた町です。その興業百年を記念して造られた公園に、今ではなくなってしまった、この地に引き込まれていた鉄道の機関車が展示されています。生糸工業に貢献のあった人達の顕彰碑や虚子の歌碑があったりします。
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旧丸子町は製糸工業で栄えた町です。その興業百年を記念して造られた公園に、今ではなくなってしまった、この地に引き込まれていた鉄道の機関車が展示されています。生糸工業に貢献のあった人達の顕彰碑や虚子の歌碑があったりします。
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切石から丸子市街に入ったところにある長福禅寺は、木曾義仲公の位牌があるという、義仲縁りの寺院ということでしたが、山門脇の立派な赤松の木に惹かれました。
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箱畳公園のすぐ近くに、「切石」という目立たないのですが、岩にのこぎり傷の入ったような珍しい記念物があります。つい気になって見入りますが、浮かぬ妙な物です。
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丸子・立科町境にある箱畳公園は、箱畳池があり、周りの眺望も良い、憩いの場です。丸子八景の一つでもあります。
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日吉神社の鳥居の傍らに、市の文化財に指定されているサワラの大木があります。こういった大木が大切に保存されているのが日本の田舎です。
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丸子から旧武石村の方へ入ってところで日吉神社があります。村で最も古い神社建築ということに惹かれて寄ってみました。周囲が岩肌に囲まれた奥まったところで、池にはご神橋が架けられている神社です。
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腰越橋から少し里に入ったところに、こじんまりしたお堂があります。無住のお寺ですが、地元の村人によって護られている、民話のある心安まる素朴な観音堂です。
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依田川をもう少し遡って腰越橋の辺りに来ると、深い淵や落ち込みと、連続する岩畳の流れで、時には急流となり、深緑色の水をたたえていることから、大淵中淵と呼ばれる丸子八景の一つになっている景勝地に来ます。
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丸子公園から登ると丸子城址に着きます。二の郭跡に展望台用に模擬物見櫓が建っています。本郭跡には種々の案内板が掲げてあって歴史を覗き見できる思いです。
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丸子公園の中にある安良居神社はこの地域の氏神ですが、本殿に施されている彫刻は素晴らしいものです。
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岩谷堂から依田川へ降りて行ったところに「丸子公園」があります。一般市民が憩える素朴な公園です。「きづな」と題された母子像がその温かさを醸し出しています。
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寛保2年(1742)8月1日、台風の襲来を受け、千曲川流域では大変な洪水で多くの犠牲者を出しました。その供養塔があちらこちらにありますが、田中宿の目立たぬ薬師堂の境内にも「戌の満水塔」としてあります。小諸市内でも、大変な被害があり、8月1日には、供養の燈籠流しが行なわれています。
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岩谷堂の展望台に登ると、義仲の「手植の桜」をはじめ花見の名所を味わうと共に、眼下に丸子の町を、遠くには浅間山が望めます。
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旧丸子町の依田川の左岸急斜面にある宝蔵寺の通称「岩谷堂」は、朱塗りに彩られた艶やかな建物です。木曾義仲などに関係ある由緒ある寺院です。
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旧丸子町の長瀬地区には住宅街に「長瀬義民碑」があります。江戸時代に農民一揆から直訴して犠牲になった義民を褒め称える石碑です。古くは長瀬氏という豪族が治めた地であり、時代が下がると寺子屋風の学校もあったという民意の高い地区だったようです。
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