矢ヶ崎公園・大賀ホール・離山
軽井沢駅近くの矢ヶ崎公園は大きな池に長い木造橋を渡したオアシスのようなところです。離山が正面に見られ、最近では、橋を渡るとコンサートホール「大賀ホール」に出ます。
⇒「信州小諸通信」へ
« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »
軽井沢駅近くの矢ヶ崎公園は大きな池に長い木造橋を渡したオアシスのようなところです。離山が正面に見られ、最近では、橋を渡るとコンサートホール「大賀ホール」に出ます。
⇒「信州小諸通信」へ
追分宿の老舗の旅荘、油屋は多くの文人が逗留した宿です。堀辰雄は室生犀星に連れられてやってきてここで作品を執筆しました。やがてこの地に住み、終焉の土地としたのです。
⇒「信州小諸通信」へ
追分宿の旧道の中間点の辺りにある高札場は、諸街道筋に見かけるものですが、当時の資料も掲げてあって、時代を味わうことができる思いです。
⇒「信州小諸通信」へ
追分にある泉洞禅寺は、作家堀辰雄や詩人立原道造らが何度も訪れ、作品の中にも紹介されている大きな立派な寺院です。
⇒「信州小諸通信」へ
軽井沢の次の宿場町、信濃追分は中山道と北国街道の分岐点で、見るべき名跡史跡がたくさんあります。分去れ(わかされ)に見られる諸石碑にも見ものがあります。マリア地蔵と言われる隠れキリシタンによる石像など興味引くものです。
⇒「信州小諸通信」へ
軽井沢タリアセンにこの夏移築された旧朝吹山荘は、建築家ヴォーリズによる建物です。翻訳家朝吹登水子さんの別荘だったもので、古き良き時代を残している記念館として価値のあるものです。
⇒「信州小諸通信」へ
軽井沢植物園の入り口の脇に、長野オリンピックのときの聖火台が記念塔として保存されています。あれからちょうど10年の月日が流れたことになります。
⇒「信州小諸通信」へ
昭和天皇がよく訪れていた軽井沢植物園には、身近な草花から高山植物や、軽井沢で発見されたような珍しい種まで、ぎっしりと植生されていて人気のあるところです。
⇒「信州小諸通信」へ
南軽井沢にある「治安の礎」は、昭和47年に起きた連合赤軍による山荘管理人夫人人質事件の記念碑でした。犠牲者3人を出した、痛ましい事件です。日本の治安に疑問符が付くようになった事件かもしれません。
⇒「信州小諸通信」へ
軽井沢には面白いものがあるものです。内田康夫さんの浅見光彦シリーズで人気のある浅見光彦の家があるのです。南軽井沢の一角にログ造りの瀟洒なファン倶楽部の施設がありました。
⇒「信州小諸通信」へ
キリスト教系の教会の多い軽井沢にあって、南軽井沢のこの教会は文字通り牧師手作りのログ教会です。人の温かみが直に伝わってくるような教会堂です。
⇒「信州小諸通信」へ
南軽井沢の発地地区には石仏群が目立たぬところにあります。この馬取地区の馬取観音・地蔵菩薩も街道筋の地元の人の世話を受けて保存されています。
⇒「信州小諸通信」へ
茂沢の里から発地地区に入ると、別荘地の中にバイブルキャンプ場風のチャペルを見つけました。軽井沢ホライズンチャーチという教会でした。
⇒「信州小諸通信」へ
軽井沢南部の茂沢には、高原野菜の里とも言われるように、9月の初め頃には真っ白な蕎麦の花畑が一杯に広がっています。キャベツ畑も一面に広がっていてホッとできる山里です。
⇒「信州小諸通信」へ
湯川に渡る落差の大きな軽井沢大橋は、心霊スポットとして有名になっていますが、山中にあっては存在感があります。
⇒「信州小諸通信」へ
最近のコメント